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コートのある風景/こんなコートでテニスがしたい [TENNIS IMAGE]

【モルディブにあるリゾートコートだそうです】
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テニスコートのある風景が好きです。いつかこんな所でテニスがしたい。

【余分な音なんてしないでしょうね】
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天然芝です。ボールを拾いに行くのに時間がかかりそうです。

【フェンスは無い?止められなければボールは全て海の中】
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地中海かな?グリーンサンドが身体に優しそうです。

【コネチカット州グリニッジにあるトミー・ヒルフィガー邸宅のテニスコート】
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だそうです。羨ましい限りです。いつかは自分のコートが欲しい。

【農園を営むテニス好きの人が自分の家に2つのサーフェスのコートを作っちゃった】
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うらやましいを通り越したわ。

フランス人の子供たちが選手のモノマネ [YouTube Tennis]

【特によく似ているわけではないのですが、次々に出てくるのが笑えます】

ワウリンカから始まるこのモノマネ、大して似ているわけではないのですが、「俺も俺も」と次々に出演するのが笑えます。なんといっても最後はブノア・ペールで、ラケットを叩きつけて折ってしまう(予め折れているラケットを用意しているのがまるわかり)ので最後も笑えます。

【こんな選手のモノマネもしていますわ】

もっと上手い方のたくさん知っていますが、こういうのってアリです。

「庭球のサムライ」という本が出版されました [Tennis Books]

【佐藤次郎の子孫の方が佐藤次郎の伝記をサスペンス風にした小説を出しました】
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https://books.parade.co.jp/category/genre01/978-4-434-33407-8.html
【版元による作品の内容は以下の通り】
戦前、世界ランキング3位の実力を誇った群馬出身の名テニスプレーヤー・佐藤次郎。
彼を遠い親戚にもつ現代の大学生・三ツ矢薫は、神戸の西村旅館へ旅行中、昭和8年にタイムスリップしてしまった!それは、次郎が日本チームの主将としてヨーロッパ遠征に向かう途中、マラッカ海峡にて投身自殺を図り亡くなる日の半年前の日付だった。 戸惑いながらもここに来た理由を悟った薫は、次郎の死を防ごうとするが……。
実在した次郎の血族にあたる著者・佐藤瑠璃子が、実家に残る独自資料を含む詳細な情報を基に描く。特に、次郎の兄・太郎やその家族との関わりは必読。とのことです。

この本はパレードブックス社から、今年4月に『庭球のサムライ 誰が佐藤次郎を殺したのか』のタイトルで全国書店にて発売中だそうです。全く知りませんでした。
¥1320-、ちょいと興味があります。読後はレポートしてみます。

【1934年4月7日付読売新聞夕刊が報じた当時の記事は以下の通りです】
「全国民の白熱的歓呼を浴びて西村、山岸、藤倉の三選手とともに去る三月二十三日、郵船箱根丸で神戸を出帆、欧州遠征の晴れの壮途にのぼったデヴィスカップ庭球選手佐藤次郎君(27)は午後三時にシンガポールを発航して航行中、同夕刻、同船がマラッカ海峡に差しかかった際、突如行方不明になった。数時間にわたって船内くまなく捜索したが見当たらず、同君の船室を調べた結果、自殺する旨の遺書を発見するに至ったので、覚悟の投身自殺を遂げたものと判明」。諸説があるようですが残念な出来事でした。

こんなボール拾いができたら便利です [YouTube Tennis]

【名付けて「functional tennis ball picker」だそうです】

https://www.kollectaball.com/
メーカーのサイトからは「世界最速のボールコレクター」との宣伝文句。
小さい方で約70イギリスポンドなので、¥15.000-くらい。こりゃ買いですね。

軽井沢フューチャーズのバナー制作 [Custom Made]

【今年からスポンサーが替わった軽井沢フューチャーズのバナーをお作りしました】
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https://www.bang-olufsen.com/ja/jp
昨年まではポルシェ・ジャパンさんのサポートで運営していた軽井沢フューチャーズですが、今年からベルギーの音響メーカーである「Bang & Olufsen」がスポンサーになり、バックバナーやネットバナーなどを一新しました。メーカーのメインカラーが黒のためバックバナーも黒地に白でお作りしました。2週目の土曜日には、毎年恒例のダニエル太郎ちゃんのご来場で、ボールパーソンも大喜び。昨年は伊藤龍馬の応援で、今年は内田海智のヒッティングでの登場です。全仏オープンではルブレフを相手に1セットを奪う好試合を演じましたが惜敗、昨年同様翌日にはパリから帰国して軽井沢に来てくれました。

【こちらがネットバナー/今村昌倫にモデルになってもらいました】
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フューチャーズレベルのトーナメントですと、同じコートでシングルスの後にダブルスが組まれることが多く、サービスラインにかかるような大きさのネットバナーはラインパーソンには邪魔な存在になってしまうことがあり、今回からやや小さめのバナーサイズにしました。生地はターポリンという素材をと使っているので生地に腰がありピンと張ることができます。モデルの今村クンは準々決勝で福田創楽に敗れてベスト8でしたが、翌週の韓国では準優勝、先週の有明でも準優勝と、このところ好調を維持し、自己最高の595位に戻す勢いです。陰ながら応援していますので頑張ってください。

パリ五輪の出場予定選手が発表になりました [TENNIS LINKS]

【国際テニス連盟がパリ五輪・テニス競技の出場予定選手を発表しました】
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https://www.itftennis.com/en/events/olympics-paris-2024/entry-list/
日本人選手は以下の選手の出場が決まりました。
・男子シングルス 錦織圭/ダニエル太郎
・女子シングルス 大坂なおみ/内島萌夏
・女子ダブルス 柴原瑛菜・青山修子組の6選手です。
歴史の中では、 1896年の第1回アテネ大会から採用されていたテニス競技に日本選手が初めて登場したのは、日本が五輪に参加して2回目の 1920年アントワープ大会でした。日本の参加競技はテニス以外に陸上、水泳だけで、テニスの代表は当時アメリカ在住の熊谷一弥、柏尾誠一郎の2人で熊谷さんのシングルス銀メダルとふたりのダブルスで銀メダルを獲得。これは日本の五輪史上初めてのメダルでした。その後は1996年のリオデジャネイロ五輪の3位決定戦でナダルを破り銅メダルを獲得した錦織圭まで96年間メダルはありません。この銅メダル、本当に死闘を制した圭さんにアッパレでした。

【国際テニス連盟のSNSでもこんなコラージュをした画像を作りました】
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オリンピックの選手制限は1カ国あたり男女ともに4人まで。シングルスでの男女最多8人はアメリカとフランス。次いで7人はイタリアとドイツ、6人の出場はスペイン、チェコ、アルゼンチンの3カ国がノミネーションの多い国となりました。またダブルスではスペインのナダルとアルカラスのペア、アメリカではテイラー・フリッツとトミー・ポール、カナダではアリアシムとラオニッチ、イギリスからはアンディ・マレーとダニエル・エバンスのペアが発表されました。オリンピックでは賞金も付与されるポイントもありませんが、メダルを獲得する名誉を求め、多くの選手がエントリーしました。
パリ五輪の金メダルは誰の首に掛けられるのか?興味津々です。

佐藤文平さんが技術本を上梓しました [Tennis Books]

【「テニス 上達へ導く理論&メカニズム 必勝メソッドの理解と実践」というタイトル】
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文平さんご本人からのコメントは以下の通り
テニスは奥の深い、とても面白いスポーツです。相手から飛んでくるボールのコース、球種(速度・回転数・回転軸)はバラエティーに富み刻々と変化します。
そのボールを自分が狙ったところに打ち返すためには、球種の予測、俊敏なフットワーク、正しいボディーワークをマスターすることが大切です。運動の原理・原則とメカニズムを理解して、ゆっくり、ていねいに積み上げながら学習していけば、運動が苦手な人でも間違いなく上達することができるはずです。
私は学生時代、全日本学生テニスチャンピオンになるために、どんなボールにでも追いつくことができる素早いフットワークと強靭な体力にフォーカスして「質より量」を重視した練習を行っていました。その結果、私の守備力は飛躍的に向上し、対戦相手は粘り負けし、自滅するといった試合展開で学生日本一になることができました。
その後、グランドスラム大会で活躍することを夢見て、プロテニス選手として国内外のATP・ITFトーナメントを転戦しました。そこで痛感したことは、グランドスラムのステージで戦うためには、フットワーク、体力、打球技術に加えて戦略・戦術そして強靭なメンタルといった総合的な競技能力が必須条件だということでした。
本著では、自身がプロテニス選手として最高のパフォーマンスを発揮するために実施してきた練習やトレーニング法に加えて、現在のトップ選手が実際に行っている練習法をスポーツ科学研究から得たデータを用いて解説させて頂きました。テニス上達を目指す全ての方々の気づきや閃きに役立つ一冊になればと想いを込めました。佐藤文平。

【本文からの抜粋ですが、こんなに細かいことから気合を入れさせてくれます】
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目次は以下の通りです
https://www.mates-publishing.co.jp/archives/30276
☆PART1 ラケットとグリップの関係性
* ラケットの進化とともにプレースタイルも進化する
* ラケットの操作性が高まりストロークの精度もアップする
* グリップの握り方によってボールの打ち方が変わる
* かきあげるようなスイングで強いトップスピンをかける
* ボールに合わせるのではなく自分のポイントで打つ・・・など

☆PART2 再現性の高いストローク
* 軸足の向きを意識して打点の位置に入る
* 下半身や体幹からの力を腕、ラケットに伝える
* 上半身をしっかり捻ってパワーをため込む
* 大きなGRFを得るために拇指球で地面を蹴る
* 前足の内側で力を受け止める・・・など

☆PART3 サーブ&レシーブの精度をあげる
* 段階を踏んだプロセスでサーブをレベルアップ
* 安定したサーブを打ってゲームをスタートする
* スピードアップしながら強いサーブを打つ
* ラケットワークを簡素化してサーブの確率をあげる
* 正しいトスでサーブの確率をアップ・・・など

☆PART4 効果的なポイントのとり方
* 相手サーバーの傾向を知ってサーブを予測する
* ゲーム中に布石を打って大事な場面で回収する
* 肩を支点として送り出すように打つ
* ヒジを視点にしてパンチ気味に打つ
* コンパクトにスイングしてネット際でボレーを決める

文平さんは現在明治大学に勤務していますが、今年からオーストラリア・ブリスベンの Griffith university にて在外研究をしておられます。また島袋将選手のマネージメントもされていて、元気に活躍しています。
この本はきちんと読んで、自分のテニスのレベルアップにつなげたいですね。

ウィンブルドンでの女子の最多勝利数 [TENNIS IMAGE]

【現行のランキング制度(オープン化以降)になってからの優勝回数の比較です】
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テニス歴史を紐解くと、1968年にテニス界は史上最大の転換期を迎え、プロ選手の4大大会出場を解禁する「オープン化」という措置を実施。大会の名称も変更され、全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン選手権、全米オープンとなりました。1968年以後のテニス記録は「オープン化時代」(Open Era) と呼ばれ、それ以前の時代とは明確に区別されることになりました。よってここではマルチナ・ナブラチロワの9勝が最多で、続いてシュテフィ・グラフ、セリーナとヴィーナスのウィリアムス姉妹、ビリー・ジーン・キング、クリス・エバートの順となっています。みなさんご存知の「マーガレット・スミス・コート」は1963・65・70年に優勝しているので、この(Open Era) では1回だけの優勝と表記されてしまいます。しかしコート夫人(以前日本ではこう呼ばれていました)は1970年に年間グランドスラムを達成しています。1979年に国際テニス殿堂入りを果たし、全豪オープンの会場では1番コートにはコート夫人にちなんだ「マーガレット・コート・アリーナ」の名前がつけられたことで再度知名度がアップしたことと思います。現在82歳で、今なおテニス4大大会の女性としての最多優勝記録(24勝)は誰にも破られていません。
さてさて今年のウィンブルドン、女子は誰が優勝するのかな?

Wimbledonのベスト16の勝ち上がり [TENNIS IMAGE]

【ウィンブルドンのベスト16が決まりました】
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今年はシード勢が勝ち残っています。ベスト16ですから16シードまではシードキープということになります。では誰が負けちゃったかというと、第8シードのキャスパー・ルードが2回戦で、、髪を金色に染めたファビオ・フォニーニに4セットで敗退し、そのポジションにバウティスタ・アグートが入りました。このほか6シードのアンドレ・ルブレフがまさかの1回戦敗退。また11シードのステファノ・シチパスが2回戦敗退。そして7シードのフベルト・フルカチュも2回戦での敗退となりました。16人中4人はシードダウン。トップはなかなか負けませんね。ここから楽しい終盤戦です。

【こちらがドローが作られた時のトップ8人のシード順です】
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したの3人が落っこちちゃいました。

過去のウィンブルドンチャンピオンたち [TENNIS IMAGE]

【1990年はステファン・エドバーグでした】
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3回戦でマンスドルフにフルセットで勝利すると、マイケル・チャン、イワン・レンドルを下し、決勝戦はあの伝説のようなベッカーとのサーブ&ボレー戦を制しました。

【1991年はマイケル・シュティッヒが優勝でした】
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4回戦でボルコフをフルセットで下すと、準々決勝でジム・クーリエを破り、準決勝はエドバーグとの接戦を制し、決勝ではベッカーとのドイツ人同士の対戦で見事に優勝。

【1992年はまだ髪の毛があったアンドレ・アガシが勝ち上がりました】
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準々決勝でベッカーをフルセットで破ると、準決勝ではジョン・マッケンローをストレートで下し、決勝ではゴラン・イワニセビッチをファイナル6-4で下し優勝。

【1996年はオランダのリカルト・クライチェックが衝撃的な優勝】
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4回戦ではシュティッヒを、準々決勝ではサンプラスを、準決勝ではジェイソン・ストルテンバーグを、決勝ではマリバイ・ワシントンを全てストレートで破り勝ち抜けました。

【そして2000年はピート・サンプラスが7冠目となる優勝】
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サンプラスはこれが最後のウィンブルドンでの優勝。(1993-95・1997-2000)と7回目の優勝でした。ややラッキーなドローとはいえラフターとの4セット目は痺れました。

FedererのTwelve Final Daysの公開を記念して [YouTube Tennis]

【Twelve Final Daysのプロモーションが行われています】

ロンドンのテムズ川にかかるタワーブリッジに、突如現れたプロジェクションマッピングでは、子供の頃のフェデラーとLaver Cupでプレーする大人になってからのフェデラーがラリーをしています。これは6月20日から公開される「Federer: Twelve Final Days」のプロモーションの一環らしく、盛り上がりを見せているようです。まだAmazon Prime Videoでは鑑賞する事ができませんが、楽しみですわ。ロジャーマニアの皆様、ご期待ください。
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兵庫国際ジュニア2024の大会プログラム [Tennis Books]

【従来のスケージュールを前倒しにして開催された兵庫国際ジュニアです】
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兵庫国際ジュニアも今年で22回大会となりました。どんなことでも継続は大切。22年前にこの大会を新設するにあたり、国際テニス連盟に様々な書類を作成して送り、無事に第1回大会を開催できたことを昨日のように覚えています。そこからずっとサポートして来ました。

【現在のジュニアのトーナメントの仕組みはこうなっています】
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開設当時ジュニアはグレード5からグレードAと言った格付けでしたが、男子のフューチャーズがM15、M25と言った表示に変わった時に、ジュニアも同様に格付けを数字で表すようになりました。現在はJ30〜J500という表記です。ATPと同様に優勝者に与えられるポイントがそのトーナメントのレベルとなっているわけです。兵庫はJ-60の位置にあります。

【歴代チャンピオンに聞くインタビューページもあり】
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2009年のこの大会で優勝した今井慎太郎さんのインタビュー記事です。この大会は設立当時から2週連続の開催で多くのジュニアを集めてきました。第1回大会の優勝はまだ15歳だった森田あゆみさん。国際テニス連盟のジュニアランキングポイントを持っていない選手たちにとっては登竜門と言える大会。ここから多くのプロが巣立っていきました。

【2023年大会のフォトギャラリーページもあり】
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歴代優勝者のリストなども掲載されていますが、杉田祐一、伊藤竜馬、江原弘泰、内田海智、高橋悠介、福田創楽、綿貫陽介、清水悠太など錚々たる顔ぶれば並んでいます。

【今年の表彰式の様子です】
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神戸チャレンジャーのミーティングがあり、会場であるビーンズドームに行っていたので、第2週目の表彰式の集合写真を撮影しました。またこの中から世界に羽ばたく選手が出るかもしれません。期待しましょう。

全日本ジュニアに車いすテニス部門を新設 [TENNIS LINKS]

【全日本ジュニアに新カテゴリーが誕生します】
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https://thedigestweb.com/tennis/detail/id=81260
日本テニス協会は8月26日~9月6日に開催される「全日本ジュニアテニス選手権」で車いすテニス部門の新設を発表し、国枝慎吾さんが大会アンバサダーに就任するとしました。記者発表の場では土橋登志久専務理事が「健常者と障害者の垣根を越えたインクルーシブな大会の開催となり、テニス協会が理念として掲げている“多様性と調和のある社会の実現”にまた一歩近づくことができることをうれしく思っております」とコメントしたそうです。
またこの大会では9月4日~6日に男女混合のシングルスを行ない、優勝者とフェアプレー賞の2名には海外派遣(アメリカでのキャンプ体験)の副賞が授与されるそうで。現在アメリカを拠点にしている錦織圭に加え国枝さんも参加予定とのこと。会見では国枝さんが副賞パネルに「アメリカで待ってるぜ!」とメッセージを書き込んだそうです。
車椅子テニスがどんどんメジャーになることを祈っています。

ボランティア団体のHands on Tokyoに関西支部が [Custom Made]

【ボランティアイベントのたびにウエアをお作りしているHands on Tokyoに関西支部】
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https://www.handsontokyo.org/
活動の主旨は「認定NPO法人ハンズオン東京は、コミュニティのニーズに合った有意義なボランティア活動の場を提供することにより、社会へ貢献し、ボランティアリズムを浸透させ、コミュニティのニーズに応えるリーダーを育成することをミッションとしています。」としていて、今回関西エリアに拠点とお作りになったと言うことでこのデザインでコットンとドライのTee-Shirtsを関西スタッフの皆さん用にお作りしました。

【拡大するとこんな感じ/東京・TOKYOを関西・KANSAIに差し替え】
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NOBUではこの‘ハンズオン東京’が行うボランティアイベント用の参加者向けのシャツやスタッフウエアなどを、2011年からお作りしています。これらの活動にご興味がある方はリンクからご覧になってみてください。

【ハンズオン東京に関して、ちょっとだけ蘊蓄を】
■ハンズオン・ネットワークとポインツ・オブ・ライト財団について
1980年代後半、NYの若者達によって新しいスタイルのボランティア団体「NY Cares」(ニューヨーク・ケアーズ)が設立されました。 彼らは、多額のお金を使わなくても、自分たちの「時間」を提供することで地域貢献ができると考え、アフター5と週末を活用してのプロジェクトを開始しました。「長期間の拘束」という負担を取り除き、仕事に影響を及ぼさず、無理のない範囲でも十分に意義深いボランティアができるシステムを構築したのです。
やがて「NY Cares」が行なう活動の情報が各地に広がり、同様の主旨の団体がワシントンDCとアトランタで誕生しました。さらに、それらの団体を統括するハンズオン・ネットワークは、ポインツ・オブ・ライト財団との統合を果たしたことで全米最大のボランティア組織となり、海外では日本を含む38カ国に177の活動拠点を擁する世界最大の組織に成長しました。この組織の日本唯一の活動拠点がハンズオン東京です。
各国のハンズオン・ネットワークの活動は、車いす用のスロープ作りから家庭教師、高齢者とのふれあい、さらには子どもたちの遊び場の改修・改築、食料が不足している方々への配給など多岐に渡ります。

今年のクレーコートシーズンのベスト20ショット集です [YouTube Tennis]

【クレーコートはボールマークが付くだけにナーバスなジャッジもありがすが‥】

TENNIS TV.が今年のクレーコートシーズンのベストショットを編集しアップしました。
感想から言うと、どんどん知らない選手が増えて来ているなと言うのが実感です。
とは言え、流石にクレーコートとあってテクニックのある選手が勝ちますね。

【そしてもう最後になるかもしれない、ナダルのクレーコートシーズンのダイジェスト】

さすがに衰えは隠せません。ここまで本当によく頑張ったと思います。
最後はパリオリンピックでひと花咲かせてください。長い間ありがとう。