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コートのある風景/こんなコートでテニスがしたい [TENNIS IMAGE]

【モルディブにあるリゾートコートだそうです】
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テニスコートのある風景が好きです。いつかこんな所でテニスがしたい。

【余分な音なんてしないでしょうね】
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天然芝です。ボールを拾いに行くのに時間がかかりそうです。

【フェンスは無い?止められなければボールは全て海の中】
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地中海かな?グリーンサンドが身体に優しそうです。

【コネチカット州グリニッジにあるトミー・ヒルフィガー邸宅のテニスコート】
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だそうです。羨ましい限りです。いつかは自分のコートが欲しい。

【農園を営むテニス好きの人が自分の家に2つのサーフェスのコートを作っちゃった】
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うらやましいを通り越したわ。

ウィンブルドンでの女子の最多勝利数 [TENNIS IMAGE]

【現行のランキング制度(オープン化以降)になってからの優勝回数の比較です】
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テニス歴史を紐解くと、1968年にテニス界は史上最大の転換期を迎え、プロ選手の4大大会出場を解禁する「オープン化」という措置を実施。大会の名称も変更され、全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン選手権、全米オープンとなりました。1968年以後のテニス記録は「オープン化時代」(Open Era) と呼ばれ、それ以前の時代とは明確に区別されることになりました。よってここではマルチナ・ナブラチロワの9勝が最多で、続いてシュテフィ・グラフ、セリーナとヴィーナスのウィリアムス姉妹、ビリー・ジーン・キング、クリス・エバートの順となっています。みなさんご存知の「マーガレット・スミス・コート」は1963・65・70年に優勝しているので、この(Open Era) では1回だけの優勝と表記されてしまいます。しかしコート夫人(以前日本ではこう呼ばれていました)は1970年に年間グランドスラムを達成しています。1979年に国際テニス殿堂入りを果たし、全豪オープンの会場では1番コートにはコート夫人にちなんだ「マーガレット・コート・アリーナ」の名前がつけられたことで再度知名度がアップしたことと思います。現在82歳で、今なおテニス4大大会の女性としての最多優勝記録(24勝)は誰にも破られていません。
さてさて今年のウィンブルドン、女子は誰が優勝するのかな?

Wimbledonのベスト16の勝ち上がり [TENNIS IMAGE]

【ウィンブルドンのベスト16が決まりました】
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今年はシード勢が勝ち残っています。ベスト16ですから16シードまではシードキープということになります。では誰が負けちゃったかというと、第8シードのキャスパー・ルードが2回戦で、、髪を金色に染めたファビオ・フォニーニに4セットで敗退し、そのポジションにバウティスタ・アグートが入りました。このほか6シードのアンドレ・ルブレフがまさかの1回戦敗退。また11シードのステファノ・シチパスが2回戦敗退。そして7シードのフベルト・フルカチュも2回戦での敗退となりました。16人中4人はシードダウン。トップはなかなか負けませんね。ここから楽しい終盤戦です。

【こちらがドローが作られた時のトップ8人のシード順です】
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したの3人が落っこちちゃいました。

過去のウィンブルドンチャンピオンたち [TENNIS IMAGE]

【1990年はステファン・エドバーグでした】
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3回戦でマンスドルフにフルセットで勝利すると、マイケル・チャン、イワン・レンドルを下し、決勝戦はあの伝説のようなベッカーとのサーブ&ボレー戦を制しました。

【1991年はマイケル・シュティッヒが優勝でした】
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4回戦でボルコフをフルセットで下すと、準々決勝でジム・クーリエを破り、準決勝はエドバーグとの接戦を制し、決勝ではベッカーとのドイツ人同士の対戦で見事に優勝。

【1992年はまだ髪の毛があったアンドレ・アガシが勝ち上がりました】
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準々決勝でベッカーをフルセットで破ると、準決勝ではジョン・マッケンローをストレートで下し、決勝ではゴラン・イワニセビッチをファイナル6-4で下し優勝。

【1996年はオランダのリカルト・クライチェックが衝撃的な優勝】
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4回戦ではシュティッヒを、準々決勝ではサンプラスを、準決勝ではジェイソン・ストルテンバーグを、決勝ではマリバイ・ワシントンを全てストレートで破り勝ち抜けました。

【そして2000年はピート・サンプラスが7冠目となる優勝】
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サンプラスはこれが最後のウィンブルドンでの優勝。(1993-95・1997-2000)と7回目の優勝でした。ややラッキーなドローとはいえラフターとの4セット目は痺れました。

オリンピックといえば気になるのは旗手の選考です [TENNIS IMAGE]

【過去にも紹介しましたがテニス選手が旗手に多い紹介例です】
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スイスチームはロジャー・フェデラーの後、スタン・ワウリンカも務めました。

【デンマークチームはキャロライン・ウォズニアッキが旗手に】
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【スペインはナダル。誰にも文句は言わせません】
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【アンディ・マレーもグレートブリテンの英雄です】
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【ロシアが正式に出場していた頃は、マリア・シャラポワが務めたこのも】
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【まだ金メダルを獲得したことのないジョコビッチも嬉々として旗手を務めています】
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【チリのゴンサレスはメダルを3枚獲得しています】
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フェルナンド・ゴンサレスは2004年アテネ五輪のダブルスで金メダル(ニコラス・マスーとのペア)、シングルスで銅メダル、北京五輪シングルスで銀メダルとまさしくチリの英雄。

ヤニック・シナーがATP Ranking1位に [TENNIS IMAGE]

【遂にヤニック・シナーがランキング1位に上り詰めました】
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全仏オープンで昨年優勝のジョコビッチがケガのためキャスパー・ルードとの準々決勝を棄権したため、シナーはベスト4入りが確定した時点でランキング1位になることが決まりました。イタリア人選手としては男女を通じて初の快挙となり、国民の間でも大きな反響を及ぼしているようです。今年は全豪オープン、ATP500のロッテルダムとマスターズのマイアミで優勝。遂に1位にまで上り詰めました。現在のイタリアテニスはランキング100位以内に9人もの選手を擁し、フランスやアメリカに引けを取らないテニス王国となっていいます。

【これでアルカラスとシナーの2強時代が始まるのでしょうか?】
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全仏オープンの初制覇で早くもグランドスラムの全サーフェスを制したカルロス・アルカラスはランキングを2位にまで戻してきました。4強時代からフェデラーが引退し、ナダルやマレーが引退寸前の今、これからこの二人の2強時代がやってくるのでしょうか?シナーは22歳、アルカラスは21歳。この後に続くのは27歳のズべレフ、28歳のメドベデフ、26歳のルブレフ、25歳のデミーノが今のランキング順。若手では共に21歳のベン・シャルトンとホルガー・ルネが続きますが、まだまだキャリア不足?いよいよ2強時代の到来かもしれません。テニス界もここでようやく世代交代の波を目の当たりにすることになりそうです。

田園テニストーナメントの開催要項が届きました [TENNIS IMAGE]

【名門・田園テニスクラブでプレーすることができます】
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https://www.tokyu-sports.com/tennis/den-en/tournament/2024.html
今年の田園トーナメントは田園テニス倶楽部の90周年を記念して開催されます。種目は一般の男女混合のダブルス(故・石黒修さんの名前を冠して優勝者には石黒修杯が授与されます)のほか45歳から70歳以上のダブルスなど13カテゴリーです。毎年10月の第2週から11月の第1週までの3週間をかけて行われるオープン大会で、フルドローになると1.136人のエントリー数となる巨大トーナメントです。ボクも友人に誘われて数回出場したことがありますが、きれいに整備されたクレーコートでのプレーは気持ちよく、最高です。

【田園テニスクラブでは「百寿庭球大会」も開催されます】
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こちらのベテラン大会は55歳以上の男女混合の3種目のダブルス大会も開催されます。9月26日(木)のワンデーで1セットマッチで懇親大会のような雰囲気です。表彰もゆうしょう、準優勝以外に長寿賞、おしどり賞、親子賞、兄弟姉妹賞、遠来賞なども用意されていて楽しそうなトーナメントです。こちらもメンバー以外のエントリーが可能なので田園テニス倶楽部でのプレーを楽しみたい方にはもってこいの和やか大会です。

テニスのオープン化以降でのツアー最多勝利者 [TENNIS IMAGE]

【ランキング制度発足後の最多勝利者はなんとマルチナ・ナブラチロワです】
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テニスでは1968年にプロ選手がグランドスラムに出場できるようになり、1973年に現行のATPランキング制度が始まった以降を「Open Era/新しい時代」と称しています。歴史では最初のオープン大会は、4月に開催された1968年英国ハードコート選手権で、その1か月後に初のオープングランドスラム大会である1968年全仏オープンが続いたところから始まります。そして最多勝の1位は何とナブラチロワ。そして第2位はクリス・エバート、男子で最多勝なのがジミー・コナーズ、続いて4位はシュテフィ・グラフ、次いでロジャー・フェデラー、ノバク・ジョコビッチと続きます。
【ちなみに通算獲得タイトル数の男子選手でこの後に続くのは】
94勝: イワン・レンドル
92勝: ラファエル・ナダル
77勝: ジョン・マッケンロー
72勝: ロッド・レーバー
66勝: ビョルン・ボルグ
64勝: イリー・ナスターゼ
    ピート・サンプラス
62勝: ギレルモ・ビラス
60勝: アンドレ・アガシ
49勝: ボリス・ベッカー
48勝: スタン・スミス
46勝: アンディ・マレー
44勝: トーマス・ムスター
41勝: ステファン・エドバーグ

【面白がって調べてみた、最多勝利試合数では】
1274勝: ジミー・コナーズ
1251勝: ロジャーフェデラー
1101勝: ノバク・ジョコビッチ
1075勝: ラファエル・ナダル
1068勝: イワン・レンドル  と通算1.000勝以上の皆さんでした。
欧米人はデータ、数字が大好きですが、ボクも大好きです。また何かやってみます。
※データは2024年ローマのマスターズまでの数字です。

ローランギャロスに錦織圭の姿が [TENNIS IMAGE]

【いよいよ赤土の戦い、全仏オープンが始まります】
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全仏オープンを前にしてローランギャロスに男子日本チームが集結しました。圭さんは現在のランキングは350位ですがプロテクトランキング(公傷制度)を使って、2021年の全米オープン以来のグランドスラムに登場です。画像はナショナルコーチの高田充さんのSNSから拝借しました。岩渕聡前デ杯監督、添田豪現デ杯監督の姿も見られます。日本人選手がどこまで勝ち上がるか?楽しみな全仏です。みなさん頑張ってください。

【このふたりが1回戦で対戦します/ナダル vs ズべレフ】
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ふたりの過去の対戦はナダルから7勝3敗。ズべレフが勝ったのは2019年のツアーファイナルの予選リーグ、2020年のパリインドアの準決勝、2021年のマドリッドでの準々決勝。ふたりの対戦が10回だけというのは意外でした。この画像は2022年の全仏の準決勝のフォトセッション。この試合中にズべレフが足首の大怪我をしたのを鮮明に覚えています。今年はどうなるでしょう?非常に興味深い1回戦です。

【もうひとつの1回戦はワウリンカ vs マレーのベテラン対決です】
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39才のワウリンカと37才のマレーの過去の対戦成績はマレーから13勝10敗。この画像は2020年の1回戦で対戦した時のものでワウリンカがストレートで勝利しています。ワウリンカがマレーに勝利した10勝のうち7勝はクレーコートでの勝利。土ではワウリンカが滅法部があるということです。今年もワウリンカかな?

リシャール・ガスケがツアー通算1000試合出場を記録 [TENNIS IMAGE]

【予選を突破し本戦に出場したマドリッドで大記録を達成しました】
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リシャール・ガスケは1986年6月フランス・ベジエ生まれの37歳。父親はテニスクラブの経営者で、母親もテニスコーチという恵まれた家庭に育ち4歳でテニスを始め、早くから天才少年として脚光を浴び、96年に9歳にしてフランスのテニス・マガジンの表紙を飾ったというエピソードもあります。そしてわずか15歳で「モンテカルロ・マスターズ」にてツアーデビューを果たし、史上最年少で初勝利を挙げています。2002年の4月に行なわれたその1戦から22年後、ついにツアー通算1000試合を数えるに至ったわけです。これまでにATPツアーでシングルス16勝、ダブルス2勝を挙げていて、自己最高ランキングは7位。

主なキャリアは、2004年全仏オープン混合ダブルス優勝、2012年のロンドン五輪男子ダブルスで、ジュリアン・ベネトーとペアを組んで銅メダルを獲得。ホップマンカップ2017優勝。シングルスではグランドスラムベスト4が3回、マスターズ1000決勝に3度進出。ATPワールドツアー・ファイナルズに2度出場。現在のランキングでは100位前後ですがまだまだ現役で頑張って欲しいですね。

ちなみにツアー通算1000試合出場を現役選手で到達しているのは、ノバク・ジョコビッチ、ラファエル・ナダル、フェルナンド・ベルダスコ、とガスケの4人のみ。通算996試合を戦ってきたアンディ・マリーがあと4試合に迫っています。

ダブルスマッチに新ルールが導入されるようです [TENNIS IMAGE]

【ATPはハイテンポなダブルスゲームを実現するため新ルール導入を発表しました】
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画像は2022年神戸チャレンジャーで優勝した清水悠太と羽澤慎治(撮影:安藤晃さん)

今回の変更は、プレーのペースを加速させ、ダウンタイムを最小限に抑え、ファンにとってよりエキサイティングなマッチを生み出すことを意図しているそうです。

【新ルールの主な内容は以下のようになるようです】
■スケジュールの調整
マスターズ大会の場合、ダブルスの試合は、大会2週目に行なわれる。

■シングルスとダブルスランキング
シングルスランキングで出場する選手の枠を設けることで、シングルスの上位選手とダブルスの上位選手の対戦が実現し、より華やかで楽しい展開が見込まれる。

■ショットクロックの短縮
現在はポイント間は25秒と決まっているが、3ショット以内(サーブを含むラリー3本)にポイントが決まった場合は、ポイント間が15秒に短縮される。

■迅速なコートチェンジ
試合中の休憩時間を短くするため、セット中はゲーム終了から60秒、セット間は90秒でコートチェンジとなる。また、1回目のコートチェンジ時は着席することやドリンクを摂取することも不可。選手は座れるのはセット間のみとなる。

■観客の自由な移動
ベースライン後方を除き、観客はプレー中でも自由に席を移動することができる。

ATPはテニスをひとつの興行とし、さまざまなダブルスのルール変更にトライしてきました。ジャパンオープンで鈴木貴男と岩渕聡がダブルスで優勝した時は4ゲーム選手の3セットマッチだったり、ダブルスの試合でも観客を席に残しておきたいという意識がはっきりしていて、今回もその一環ではないかと思います。ただし国際テニス連盟が権利を持つグランドスラム4大会は従来のダブルスルールに則り運営されますので、じっくりと落ち着いて観戦することができます。どちらが良いのかわかりませんが、選手第1でルールを変更するのが大事だと思います。ショットクロックはちょいと戸惑いもあるかと‥。

高級住宅地・ビバリーヒルズの空撮写真 [TENNIS IMAGE]

【ヒョンなところで拾った面白写真です】
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ビバリーヒルズ(Beverly Hills)は、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス郡の西部に位置する住宅地。ハリウッドセレブなど多くの邸宅が立ち並ぶ、ロサンゼルス近郊にある全米有数の高級住宅街として世界的に知られていいます。近隣には高級ブティックの建ち並ぶロデオドライブが有名で、観光名所にもなっているエリアです。そして今回見つけたのはその高級住宅街の空撮写真。ほとんどのお宅にテニスコートがあるじゃないですか?もう笑いをこえて、羨ましいの一言です。自宅にテニスコート。憧れのライフスタイルです。
通りに面したところにコートを作り、奥には豪邸が‥というのがセオリーのようです。

デ杯・コロンビア戦は有明コロシアムで開催が決定 [TENNIS IMAGE]

【デ杯・ワールドグループ1回戦はコロンビアと有明で戦います】
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デ杯日本チームはプレーオフでレバノンに勝利し、ワールドグループの1回戦に駒を進め、抽選の結果コロンビアとの対戦が決まり、9月14日、15日に有明コロシアムで行われることになりました。これに勝てばワールドグループの予選に回ります。

【過去の対戦は2勝0敗と日本が勝ち越しています】
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過去に日本は2013年と2015年にコロンビアと対戦しています。どちらの対戦でも日本チームはエースの錦織圭が出場し、シングルスでそれぞれ2勝を挙げています。ダブルスでは敗れ、2戦ともにシングルスのナンバー2同士の戦いで勝利が決まるという白熱の対決で、2013年には添田豪がダブルススペシャリストのファラに4セットで勝利。2015年の対戦ではダニエル太郎が同じくファラを相手にストレートで勝利を収め日本チームに勝利をもたらしました。さてさて今年の対戦はどちらに転ぶのか、有明で応援してみませんか?

ローランギャロスに2つ目の開閉式屋根がつきました [TENNIS IMAGE]

【シャトリエニついでスザンヌ・ランランも屋根が取付けられました】
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全仏オープンの行われるローランギャロスは、メインコートのひとつである「スザンヌ・ランラン」に新たに設置された可動式の屋根が4月25日に公開されました。トーナメントディレクターのアメリ・モレスモは「天候が悪くてもプレーを続けられる。二つあることで、日程面で少し柔軟な対応ができる」と話したそうです。降雨の際は約15分間で屋根が閉められ、会場となる今夏のパリ五輪へ向けても朗報となりました。

【センターコートの「フィリップ・シャトリエ」でも開閉式の屋根が稼働しています】
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こちらは2021年に改修が終了したセンターコートの「フィリップ・シャトリエ」今年からジュニアの車いすの部も新設されるそうです。開幕は5月20日。時差が大変です。

日本テニス界にとって残念なこと [TENNIS IMAGE]

【ゴールドウインが「エレッセ」の事業終了。48年の歴史に幕を閉じます】
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https://www.wwdjapan.com/articles/1816085#:~:text=%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AF%E3%80%81%E4%BC%8A%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89,%E3%81%AE%E4%B8%80%E3%81%A4%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%82
「WWD(Women’s Wear Daily)」の日本版ファッション業界専門紙「WWDJAPAN」のWebサイトで報道されたのは「ゴールドウインは、イタリア・ブランド「エレッセ(ELLESSE)」の事業を2024-25年秋冬シーズンで終了する。1976年のスキーウエアを手始めに、テニスやフィットネス、スイムなど幅広い分野のスポーツウエアを生産・販売し、80〜90年にかけては同社の主力事業の一つだった。しかし近年は販売が低迷し、11年にはスキーから撤退。23年にテニスウエアに特化して全面刷新を図ったものの、軌道には乗れず、事業継続が困難になった。」とのことです。

エレッセ(ellesse)はイタリアのスポーツアパレルメーカーで、イタリア中部の古都ペルージャにて貴族であるレオナルド・サルバディオにより1959年創設されました。初めはスキーウエアの開発から始まり、1975年にテニスウエア事業を手がけ、パステルカラーに彩られたテニスウエアはファッションセンス溢れる男女に受け入れられ、さらにはテニス全体のイメージを塗り替えてテニスの世界的大ブームを呼ぶことになりました。 ロゴの「ハーフボールマーク」でテニスボールとスキーの先端をモチーフとしていて、赤は「情熱」、オレンジは「イタリアの太陽」を、それぞれ表現しているそうです。そしてその後の経緯は、
1980年―クリス・エバートと契約
1983年―ボリス・ベッカーと契約
1990年―FED CUP日本代表公式テニスウエアスポンサー
1996年―伊達公子と契約。ウインブルドンで日本人初のベスト4
2014年―DAVIS CUP日本代表公式テニスウエアスポンサー。男女とも日本テニス協会、ナショナルチームの公式テニスウエアスポンサーとなりました。

今回はちょっと残念な報道ですが、エレッセのブランド力からすると、どこか別の企業が販売権を取得してまたマーケットに戻ってくる可能性も高いと思います。

ベルリンのショッピングモールにテニスコートが出現 [TENNIS IMAGE]

【ドイツのモール・オブ・ベルリンにイベント用の特設コートが出来上がりました】
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これは、6月17日に開幕する「ベルリン・レディースオープン/WTA500/天然芝」の前倒しイベントとして、地元のショッピングモールが1階のユーティリティースペースをテニスコートにし、エキシビションマッチやテニスクリニックなどの催事を行うために作られました。ベースラインの後ろには観客席も作られています。

【モール・オブ・ベルリン/ピアッツァ オープンというネーミングの大会名です】
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この大会は8人のドイツ人女子選手によるマネートーナメントで、5月14日から2日間で行われます。その後3日間はこのコートを使って選手のサイン会やクリニック、サーブの速度判定など様々なイベントが行われるようです。スケールが大きすぎです。

街の画廊で見かけた1枚の絵 [TENNIS IMAGE]

【なんの気無しに歩いていて見つけた、テニスモチーフのポスターです】
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作者はどなたか?不勉強ですが、テニスにひかれて覗き込みました。本物は画廊の中に飾られていましたが、入り口は施錠されていたので詳細をお聞きする事ができませんでした。芝生の濃淡のコントラストが良いアイディアで、観客の皆さんの描き方も独特でした。スザンヌ・ランランと キティ・マッケインの1923年・ウィンブルドンの女子シングルス決勝ってなイメージでしょうか?100年以上前の事を想像して、何となく「さらば麗しきウインブルドン | 深田 祐介 」を読み返そうかななどと思ってしまいました。

軽井沢会のコートも開場準備が進んでいました [TENNIS IMAGE]

【軽井沢フューチャーズの準備のため軽井沢会のテニスコートにおじゃましてきました】
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軽井沢会テニスコートは毎年ゴールデンウィークの前に開場します。冬の間は霜や雪のためクローズしていて、雪解け後にクレーコートを掘り返し、準備が始まります。お伺いしたのは先週で、すでに道路側のコートはポールを立ててあとはネットを張るだけのところまで進捗していました。ラインテープもきれいにセットされています。

【ネットポールを建てるところはこんなふうにして越冬しています】
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土の中は1.5m四方のコンクリートで土台が作られていて、ポールの台の基礎が埋められています。コートを掘り返しても完全に埋まっていて、蓋がされている状態です。

【上記の画像の基礎にこのネットポールを入れて支柱が出来上がります】
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クレーコートならではの掘り返しの方法がここにあります。

【ローラーは東京ローンテニスクラブの文字が】
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軽井沢会では数年前からコートのメンテナンスを東京ローンテニスクラブの業者さんに委託していて、こんな風景を見る事ができるわけです。東京のクレーコートといえば東京ローン、明治神宮外苑テニスクラブ、田園テニスクラブ、武蔵野ローンテニスクラブなどの名門会員制クラブがありますが、メンテナンスは大変なこと。こちらの業者さんのような専門家にお任せして、良いコンディションでコートが維持され、大会運営もスムーズに行くと実感してきました。4月28日からの夏季営業に向け準備万端でした。

元テニスマガジン編集長の中林隆さんがご来店 [TENNIS IMAGE]

【大学生の時からNOBUのお客さんだった“Ryu”さんです】
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Ryuさんは獨協大学テニス部だった時から、よくご来店くださいました。その後企業に就職されましたが「テニス愛」が忘れられず、「テニス専門誌に転職したい」と相談を受け、当時テニスマガジンの編集長だったボクと同じ歳の根本(故人)さんに話をしたら「一度会って話がしたい」となり紹介しました。その後面接を受け、見事にベースボールマガジン社に入社。すぐにテニスマガジン編集部に配属となり、その後編集長になりました。連載の「Ryu & マッキー」で色々な選手たちにダブルスで挑戦したのは、人気がありましたよね。当時のRyuさん、電車の中で「Ryuさんですよね、毎回楽しみに読んでいます」と声をかけられた事もあったそうです。退職後は吉祥寺でカフェを営んだりしていましたが、現在は上福岡テニスガーデンの支配人をされていて、半年に1度くらいの割合で、ご丁寧にお土産を持って平日に奥様とお買い物に来てくださいます。

【こんな対戦もありましたね/2000年くらいかな、懐かしい!】
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左から丸山淳一コーチ、杉山愛ちゃん、牧野正元編集長、中林隆さんです。

シェルトン親子が同一大会で優勝 [TENNIS IMAGE]

【全米クレーコート選手権(ヒューストン)で達成されました】
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元世界ランク55位でベン・シェルトンのコーチを務める父のブライアン・シェルトンさんは1992年にこの大会で優勝。その32年後、息子がクレーコートの大会で初優勝を遂げました。賞金ボードを見るとわかるとおり、当時の賞金は4万ドル(約600万円)。今回ベン・シェルトンが獲得したの賞金は100万ドル(約1500万円)ATPがテニスツアーを興行としていかに成功させているかを表す数字です。ベンは昨年の東京に続きツアー2勝目。お父さんのブライアンもツアーで2勝という成績を残していて、21歳にして並んだことになります。

【この全米クレーコート(ATP250)の優勝でアメリカ人の中でのランキング1位に】
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シェルトンが14位、このところ不振が続くテイラー・フリッツが15位、逆にそこそこの結果を残しているトミー・ポールが16位、続いて伸び悩んでいるティアホが23位、同様なコルダが26位と、アメリカ人のランキング順になっています。シェルトンが全仏まで続くクレーコートの戦いでどのような結果を残すのか?興味深いですね。
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